Feature 京都の企業特集


細く長く、静かに熱を帯びる「お線香」のように。
12代目社長が見つめる「松栄堂らしい変化」とは
京都には、長い歴史を持つ老舗企業から革新的なスタートアップ企業まで、多彩な魅力を持つ企業が数多く存在しています。そんな京都の企業にスポットを当てた「企業インタビュー」シリーズ。今回は、創業から300年以上の歴史を誇る日本有数の香りの専門企業、株式会社松栄堂にお邪魔しました。
12代目社長を務める畑 正高(はた まさたか)さんは、「細く長く、静かに熱を帯びる『お線香』のように」という言葉で同社の経営哲学を表現されます。激動の時代においても、伝統を大切にしながら若い世代とともに時代に合わせた変化を続ける松栄堂。お香という日本の伝統文化を、現代の暮らしに寄り添う形で提案し続ける同社の取組や、組織づくりへの思い、そして次世代への熱いメッセージについて、畑社長に伺いました。
- 社長のこれまでと松栄堂の事業について教えてください。
はじめまして、松栄堂の代表取締役社長の畑と申します。家業でもある松栄堂は、私の代で、のれんを上げてから12代目、法人化してからは3代目です。学生時代のほとんどを京都で過ごし、その中でいろんな経験を積ませてもらいました。社会に出る前には1年ほど海外に行く機会にも恵まれ、帰ってきてからはすぐに家業に入りました。
入社当時は製造現場に始まって、これまでに社内のさまざまな仕事を経験してきました。代表になったのは平成10年ですから、もう20年以上がたちます。伝統を大切にしながらも、若い世代と一緒に今の時代に合わせた会社づくりを進めているところです。
松栄堂は「日本の香り」を作って世の中に届ける会社です。お香を作るメーカーでありながら卸売や直営店の運営、輸出、広報、経理、パッケージデザインなど、社内にはいろいろな仕事が存在しています。アジア各地から原料を仕入れて、それを京都で加工し、製品として仕上げているんです。
- 激動の時代ですが、お香の業界はこれからどのように変化していくとお考えですか?
香りの仕事は、人が暮らしていく以上ずっと求められるものだと思います。ただ、生活スタイルは常に移り変わるので、香りの使われ方も自然と変化しています。昔は宗教的な目的で使われることが多かったお香も、今ではリラックスするためであったり空間演出、自分の暮らしを心地よく整えるアイテムとして使われる場面が広がっています。私たちもそうした変化を先取りしながら、その時代の暮らしに合った提案を続けてきました。最近はサステナブルな商材としても注目していただくことが増え、幅広いお客様と新しい出会いが生まれています。
さらに今は、「お線香」という枠にとらわれず、線状のお香をリラックスアイテムとして自由に使っていただく場面が増えました。こうして30年、40年かけて提案を続けてきたからこそ、今の広がりがあるのだと思っています。
- 社長が大事にしている組織づくりや考え方について教えてください。
「社長って一体何をしているんですか?」と尋ねられると、私はよく「何でも屋さんだよ」と答えています。組織にとっての社長の役割とは、社員が安心して前を向いて働ける環境を整えることだと思います。そうすれば、みんなが自分の持ち場でしっかりと力を発揮してくれると信じています。
その上で最も大切にしているモットーは「細く長く、曲がることなく、いつもくすくすくすぶって、あまねく広く世の中へ」という言葉。派手な成長を追い求めるよりも、静かに熱を持ち続けながら、長く広く社会に香りを届けていく。それが松栄堂の目指す姿です。また、父が残してくれた「誠実・実行・自覚・精進・感謝」という五つの社員信条も、今も日々の中で繰り返し思っています。
組織づくりといえば、先日も新入社員と話していて驚いたことがありました。私が稲盛和夫さんの名前を出したら、新入社員は知らないと言うんです。同じ言葉を使っていても、世代によって見えている景色はずいぶん違うものなんですよね。だからこそ「それ何? もう一度教えて」と素直に聞き合える空気を作ることが、これからの組織にはより大切になっていくと思っています。
- 若い世代に伝えたいことがあれば教えてください。
今の若い人たちは、スマホやSNSで自分の好きな世界だけを、どんどん深掘りできる便利な環境にいます。ただ、その一方で、自分の見えている世界が知らず知らずのうちに狭くなってしまうこともあるんじゃないかと思うんです。だからこそ「異文化と出会う」ことを意識的に続けてほしいと常々思っています。
当社でも、社員の視野を広げてもらうために一風変わった取組を続けています。松栄堂では、毎年全社研修を実施していて、その年ごとに新しいことに挑戦しています。例えば和太鼓の研修では、全員で一生懸命にたたいて音をそろえる練習をするんです。「けっこうそろったね」なんて盛り上がっていたら、最後にプロの和太鼓奏者が素晴らしい演奏をしてくれました。それはもう同じ太鼓とは思えないほど!(笑)その瞬間に「ああ、プロの世界はこんなに違うのか」と実感できたんです。普段の仕事でも、こんな風に「自分が知らない技術や領域って、まだまだたくさんあるんだな」と感じるきっかけになると思うんです。
風変わりな取組といえば、市立芸大の声楽の先生にご指導いただいて全員で合唱を練習したり、毎年開催しているプライベートコンサートではユニークなアーティストを見つけてお招きしたりしています。こういう経験を重ねることで「自分はこれまで断片的にしか物事を見ていなかったな」と気づく瞬間がきっと出てくるんじゃないかと思います。人はどうしても自分の慣れた世界の中で「わかったつもり」になってしまいがちです。でも世の中には、自分の知らない文化や価値観、技術、考え方が本当にたくさんあるんです。社員には積極的に視野を広げてもらいたいですね。
- 松栄堂で活躍できるのは、どんな人材ですか。
やはり何事も前向きに挑戦していける人ですね。当社ではこの春、2人の女性社員が海外に出ていきます。1人はアメリカで半年間語学研修を、もう1人はフランス・パリで香りを広める取組にチャレンジしてもらう予定です。国内にとどまらず、こうして新しい挑戦を積極的にしてくれる社員が多いのは、本当にありがたいことだなと感じています。
社内で特に印象に残っているのは、ある年の秋頃に社員から出てきた「店舗にカプセルトイを置きたい」という提案です。最初に聞いたときは正直「松栄堂にそんなものは合わないだろう」と却下したんです。でも年明けにまた同じ提案が出されて、今度は「社長はたぶん僕たちの意図をちゃんと理解できていないんじゃないか」と、社員から改めて説明を受けました。
聞くところによると、百貨店の化粧品売り場で若い女性たちが高級コスメブランドのカプセルトイを楽しんでいる姿があったといいます。「高いから商品にはなかなか手が出せないけれど、カプセルトイならば気軽に体験できる」「友達同士で交換して盛り上がれる。こういう入口があったら、お香にももっと親しんでもらえるのでは」と提案してくれたんですね。
なるほど、私には全くなかった視点でした。最終的には2台のカプセルトイを導入しました。今ではカプセルトイ専門店もどんどん広がっていますし、あのときの提案には先見の明があったなと今でも思います。
このように、社内に自然と新しい空気を持ち込んでくれる人が多いんです。誰か一部の特別な人だけが動いているわけではなくて、全体としてそういう前向きな雰囲気が社内に根づいている。これが私たちらしい面白さだと自慢に思っています。
- 最後に、読者にメッセージをお願いします。
コロナ禍で休業を余儀なくされて時間ができたとき、家で両親の古い荷物を整理していたら、昭和21年に撮った家族写真が出てきたんです。戦争が終わった直後、私の父を含めた3人の息子たちが無事に戦地から帰ってきて家族全員がそろったときの写真でした。ご近所には帰れなかった方も多く、戻れても体が不自由な人もたくさんいた中で、うちの家族は本当に奇跡的に全員が元気で戻ってくることができ、商売も続けることができたんです。私たちは今「大変だ、大変だ」とさわいでいるけれど、この状況は果たして本当に「大変」なのだろうか?と疑問に思いました。
コロナ禍の中でも電車は走っているし、水も電気も当たり前に使える。ゴミを出せば市の清掃車がしっかり持っていってくれる。戦争で甚大な悲劇を受けた当時の日本の状況を思えば、こんなものは「大変」なんかじゃないのではないか。コロナ禍で打撃を受けて落ち込んでいましたが、そう気づいた時にむしろ前を向く力が湧いてきました。
この話は今でも社員に繰り返し話しているほどです。確かに変化の激しい昨今ですが、変化のない時代など、これまでに一度もなかった。「どんな壁にぶつかっても必ず乗り越えられる」「もしかしたら大変だと思い込んでいるだけかもしれないよ」みなさんにもそんなメッセージを伝えたいと思います。
ありがとうございました
今回インタビューさせていただいたのは『株式会社松栄堂』様です
法人ページはこちら株式会社松栄堂