Feature 京都の企業特集
60年後の未来にも着物姿を目にする街でありたい。老舗の若手社長が受け継ぐ「気づきと実行」
京ごふく ゑり善(えりぜん)は、京都に本店を構える、創業天正12年(1584年)という歴史を持つ老舗の呉服専門店です。
「60年後の未来にも着物姿を目にする街でありたい」という想いをお持ちの亀井 彬(かめい あきら)社長にお話を伺いました。
- Q1: 現在の事業について教えてください
呉服小売業を営んでおります。
B to Cでの販売をメインとし、お着物の愛好家の方はもちろん、お着物を始めたばかりのお方や、これから…と興味を持ってくださっているお方などに対して、「きものを愉しむ」お手伝いを京都、東京、名古屋の店舗を中心に、全国のお客様に向けてサービス展開しております。
この道50年のベテランから、入社数年の若手まで年齢性別など多様な社員の個性を生かして、お客様に寄り添い、「①きものを知る・学ぶ」「②きものを見つける」「③きものを愉しむ」「④きものを大切にする」という4つの事業サービスを行っております。
呉服一筋に続けてきたことで、商品とその価格について、信頼をいただいていることが大きな強みであると感じております。
(わかセンレポーター)京都の街できものの仕事をする魅力を教えてください。
京都はきものの集積地でありメッカ、まさにきもの文化の中心地です。その「きものが特別にならない街」だからこそ、日常的に目が肥えた方が多く、商品に対してもお値段に対しても、良い意味で非常にシビア(実直)な目をお持ちです。そうしたお客様方の目にさらされながら、常に納得のいく適正価格で販売を続けていく。
だからこそ「ゑり善さんは、良いものを良いお値段で売っている」という確かな評価をいただける。それこそが、この街で商いをする一番の魅力であり、誇りです。

- Q2: 跡を継ごうとしたきっかけを教えてください。
社長として働く父の姿を、長男として見てきたので、幼いころから意識はしていたと思います。一方で具体的に入社をすることになったのは、25歳のころ。
「呉服の世界の状況」を父から聞き衝撃を受けた時期、結婚を考える中で家のルーツに触れた時期、そして、東日本大震災を通して、「いつ何が起こるのかわからない」という考えが交差した時が、心を決めたきっかけでした。
(わかセンレポーター)大学時代は京都の老舗企業の「事業承継(跡継ぎ問題)」について研究なさっていたんですよね。
はい。創業100年を超える京都の老舗企業を事例にファミリービジネスの事業継承について4人で共同研究しました。ここで内容については詳しく触れませんが、その時のことを振り返ると、取材に伺った経営者の方々が、どこの誰かもわからない学生に対して、世の中のために、京都のために、と本当に優しく、親切に教えてくださったことを思い出します。
老舗のトップたちが忙しい中、時間を割いて、経営のことや受け継いでいく思いを語ってくださいました。そのフィールドワークでの経験が、今の自分に影響を与えていると思います。
「樹を見るのではない、大地を見るのだ」という言葉は、「松栄堂」畑正高社長からお聞きしました。商品である香木だけでなく、それを育む土を守り育てる大切さを示しています。
目の前のこと、自分の代だけでなく、未来へ繋ぐ視点を学べたことは、私の大きな財産となりました。現在、インターンシップの受け入れやプロジェクトへの協力に積極的に取り組んでいるのは「次は自分が次世代の若者たちのために」という思いがあるからです。
- Q:3 学生時代に熱中したこと、影響を受けた人物や経験を教えてください。
学生時代においては、高校や大学で「役割」を実感した経験が大きな思い出になっております。高校においては、学園祭などでチームとして動く楽しさを知りました。
大学では主に、前述のゼミ活動、スポーツサークル、飲食店でのアルバイトに熱中。それぞれ自由闊達な場所で、自らどう考えるのか、それをどう周りの方と共有しながら、より良いものにしていくのか。話し合う時間が多かったように思います。組織をひっぱるリーダーの在り方についても学びを得る出会いがございました。
(わかセンレポーター)アルバイトではどのようなことを経験されましたか。
アルバイトでは、4年間、飲食店でお世話になり、様々なことを学びました。実は、妻との出会いもここです。
社長からは、お客様を喜ばせる接客や、待ち時間を減らす工夫などを教わりました。また、全員がA4サイズの業務日報を書く慣例があり、提出後にコメントをもらえるのが特徴でした。こうした「気づき」や「考える機会」「話す機会」が多かったおかげで、どうすれば、より喜んでもらえるのか、を考えて、様々な工夫を行うことの楽しさを学びました。
- Q:4 苦労したこと・転機について教えてください。
毎日苦労の連続です。14年前、一営業マンとしてゑり善 銀座店でキャリアをスタートした当初は、お客様からのお話の意味が分からない。ご希望にこたえられない…と冷や汗をかいてお相手する機会は数多くありました。呉服という世界が抱えている課題は多く、ものづくりの危機、お客様の変容、組織改善の困難、など、今もなお、悩み考える日々を過ごしております。
一方で、新型コロナウイルスによる考えの変化は私にとって非常に大きな転機となりました。街の動きや時間が止まったようなあの時期を経て、お客様との「ご縁」や、そこから生まれるお商売がいかに得難く、尊いものであるかを痛感いたしました。
衣服とは、自分のためだけではなく「人のために着る」ものでもあり「人が動くときに纏う」ものです。コロナ禍で人との繋がりが一時期は疎遠になりましたが、再び日常が戻ってきた今、リアルな体験や対面が持つ価値の大きさを再認識しています。また、この危機を機にInstagramやWebサイトなどの情報発信を見直したことで、デジタルを通じてお客様とより深く繋がるための進化を遂げることもできました。
苦難を乗り越えた今、リアルとデジタルの双方で、新たな呉服の価値を届けていきたいと考えています。

- Q:5 経営観・価値観について教えてください。
チームとして大切にしていることは、"気付き"と"実行"。
亀井家の祖父が良く口にしていた「見てわからんかったら、言うてもわからん」という言葉があります。変化に気付き、行動すること。
マニュアルに従った行動をするのではなく、目の前の方が何を感じ、何を求めているのか。その中で私たちにできることは何かを考えること。そしてその「気付き」を気付きだけでとどめておくのではなく、「実行」として行動にうつすことをベースにしております。
それは若手・ベテラン関係のない話であり、年齢や立場を越えて、それぞれが尊重しあう風通しのよい企業でありたいと願っております。
またきものは文化の入口に連れて行ってくれるものです。私自身入社して、13年が経ちましたが、きものを通して広がるご縁が人生をより豊かにしてくれるという実感を持っております。「きものに学び、きものを愉しむ」そんな企業でありたいと考えております。

- Q:6 休日の過ごし方について教えてください。
妻と3人の息子がおります。土日も営業ですので、なかなか時間はつくれませんが、限られた中でも、人生の思い出に残るような家族との時間をつくれたらと思い、年に2回ほど、日本各地のお祭りや山・川・海へでかけることを大切にしております。
旅をするたびに、その土地や風土に根付いたきものの色や染め物も気になります。たとえば「黄八丈(きはちじょう)」。伊豆諸島の八丈島に伝わる伝統的な草木染の絹織物です。なぜあの鮮やかな黄色なのか。それは、黒い溶岩が広がる海に映える色だからだ、と納得させられます。
それと、もう一つ。最近の私の新しい挑戦はジョギングです。京都経済同友会の仲間にお誘いいただき、5月から早朝のトレーニングを始めました。実は10年前に完走した思い出の京都マラソンに、10年ぶりに再び挑戦する予定です。

- Q7: 今後のビジョンについて教えてください。
きもの一筋に、きものの魅力を発信すること。そして、きものを装う喜びを提供することにこれからも注力してまいります。
ゑり善は代々「正商(せいしょう)真っ当な商品やサービスを、正しい価格で届ける商い」という言葉を大切にしてきました。どんなに時代が変わってもそれだけは変わることがないよう、正直な商いでお客様に寄り添い続けます。
今年弊社は株式会社になって80周年を迎え、その先の2034年には創業から450年を迎えます。そして、かなり遠い未来ですが、2084年が創業500周年。
夢は、その時にも世界が平和で、地球は穏やかで、京都にも美しい景色が残っていて。その町の中に美しいきもの姿があり、私たちの会社も京都の街に残っていれたら…と思っております。私はその時は97歳。家族や仲間とともに、そのひと時を祝うことができればと願っております。
- Q:8 若い世代へメッセージをお願いします。
現代は多くの情報に溢れていますが、だからこそ実際に「現場」へ足を運ぶことを大切にしてください。リアルな体験とオンラインの利便性、その両面を掛け合わせて活用することが、今後の成長を下支えする貴重な経験になります。
大切なのは、「知っているつもり」を疑ってみること。そこに、より深い気づきが生まれます。
弊社の採用では、お客様の「笑顔」のために、主体的に考えて行動できる人材を求めています。キーワードは、やはり「気づきと実行」です。失敗を恐れる必要はありません。むしろ失敗すらも楽しみながら、自ら進んで実行に移せる人と、私たちは一緒に働きたいと願っています。








