Feature 京都の企業特集
茶道と華道がつなぐ、心の距離。
老舗旅館・北海館が見つけた「おもてなしの原点」
京都市では「中小企業ひと・しごと環境魅力向上支援事業」を通じ、職場環境の改善や人材育成など、企業の魅力向上に資する取組を支援しています。
▶制度詳細:https://www.city.kyoto.lg.jp/sankan/page/0000339356.html
この補助金を利用して従業員の能力開発に挑んだのが、京都・東本願寺前にたたずむ「京の宿 北海館 お花坊」です。創業以来100年以上の歴史を紡ぐこの旅館は、もともとは宿坊として使われていた建物を改装しており、伝統的な意匠を残す趣ある造りが魅力。京都駅から徒歩7分と立地が良く、檜(ひのき)香る大浴場や旬の食材をふんだんに使った京料理など、細やかなおもてなしとぬくもりが息づく老舗宿です。
今回お話を伺ったのは、若おかみの小西 茉友(こにし まゆ)さん、フロント・接客を担う中村 聡子(なかむら さとこ)さん、丸井 啓嗣(まるい けいじ)さんの3名。補助金を活用して従業員が茶道・華道を学ぶ機会を設けた背景とその成果、そして今後の展望まで、じっくり語っていただきました。
- Q1: 京都市の補助金を活用することになったきっかけや経緯を教えてください。
小西さん
この補助金のことを知ったのは、顧問税理士から届いた案内メールがきっかけでした。普段からさまざまな制度の情報を送ってくれるのですが、その中に「職場の魅力向上を目的とした補助金」という言葉があり、ふと心に留まりました。いつもは読み流してしまうところを、なぜか気になって詳しく内容を見たところ、「これはまさに私たちに必要な支援かもしれない」と感じ、すぐに応募を決意しました。

私自身、もともとは半導体メーカーの総合職で、福利厚生や評価制度が整った環境に身を置いていました。しかし、家業の旅館に戻って感じたのは、接客業は「正解がない仕事」ということです。お客様の満足度は数字では測れず「どこまでできれば一人前」という明確な基準もありません。努力を重ねても、自分の成長を実感しにくいのではないか……。接客業の難しさを痛感していたところでした。
だからこそ、働く人が「学びを通じて自信を持てる場」をつくりたいと思ったのです。私自身、旅館で働き始めたのを機に茶道や華道を学び直しており、その思いと結びつきました。茶道や華道の所作には、おもてなしの心の根幹がありますし、段階ごとに免状をいただくことで、自身の成長を目に見える形で実感することができます。
「この学びを従業員にも経験してもらえたら」と考えていたため、補助金が後押しとなりました。おかみである母からも「とても良い取組ね」と賛同を得て、申請を進めることにしました。
- Q2: 具体的に、どのような取組を実施されたのでしょうか?また、その狙いや背景にはどんな思いがありましたか?
小西さん
今回の補助金の使い道は従業員が茶道や華道、料理教室に通うための受講費用です。旅館の仕事は、接客や配膳、清掃など多岐にわたりますが、共通して大切なのは「相手の立場に立って動けること」だと思っています。茶道や華道には、その心が自然に息づいています。お稽古を重ねるうちに姿勢や所作が整い、相手を思う気持ちが深まっていくのではないか、その積み重ねこそが「おもてなし」の原点ではないか、と考えています。
中村さん
茶道や華道のように「道」と名のつくものは、動作だけでなく心の持ち方も教えてくれます。私は20年近く接客の仕事をしていますが、伝統文化を通して、お客様を思う心を改めて学べたことが本当にありがたく、心に残る体験になりました。接客の本質をもう一度見つめ直す良い機会になったと思います。

丸井さん
最初は自分の仕事と茶道や華道がどう関係するのだろうかと思っていましたが、実際にお稽古を重ねるうちに、立ち居振る舞いや動きの一つ一つに意味があると気づきました。

小西さん
お稽古の一部は先生に当館へお越しいただき、館内で行っています。あらかじめ日程を決めて、みんなで一緒に学ぶかたちです。職種や勤務時間に関係なく誰でも参加できるようにしていますので、学びを共有する中で従業員同士の理解も深まりました。文化に触れる時間が、職場の雰囲気を穏やかにしてくれているように感じます。

- Q3: 茶道や華道を学ぶようになってから、どんな変化を感じていますか?
中村さん
例えば茶道では、お茶のたて方1つにも「相手を思う心」が表れています。お客様にどうすれば喜んでいただけるか、自らの接客を見直すきっかけになりました。お客様をお迎えするための準備の段取りからお出しするお湯の加減まで、何もかもが日々の接客の勉強になります。普段の接客とは別の角度から、改めて「察する力」が磨かれたように感じます。
丸井さん
当館にいらっしゃるお客様の9割ほどは海外の方。国籍や文化が違っても、おもてなしの心はきちんと伝わるものだと思います。
中村さん
言葉が通じなくても、丁寧な所作や笑顔は伝わりますよね。お稽古を通して、そういったことの大切さも感じることができました。
丸井さん
お稽古では最初に「部屋への入り方」や「立ち位置」といった基本的な動作を教わります。それまでは「なんとなく」こなしていた所作にも理由や意味があると分かり、一つ一つの行いに気を配るようになりました。美しく正しい体の動かし方を意識することで、自分の仕事ぶりに自信が持てるようにもなりましたね。

茶道講師 倉恒 亜紀さん
- Q4: この取組を経て、会社としてどんな姿を目指していきたいですか?
小西さん
お稽古の日は、普段は顔を合わせる機会の少ない従業員同士が一緒に学ぶ貴重な時間になっています。調理や清掃、フロントなど、部門を越えて同じ先生のもとで同じ時間を共有する。そんな姿を見ていると、若おかみとして本当に感慨深いものがあります。
もともと業務が忙しく、従業員が一堂に会する機会を持つことが難しいのですが、今回の取組をきっかけにそのような機会が増えました。仕事中にはなかなか生まれないような、職種や担当業務の垣根を越えた交流が増えているようです。これまで以上に「1つの旅館」としてまとまっているのを感じます。
- Q5: 今後、どのような旅館を目指していきたいですか?また、これから働く若い人たちに伝えたいことはありますか?
小西さん
人が「幸せだな」と思える要素の1つに、自分が少しずつでも成長できていると感じられることがあると思います。仕事の中でそういった実感を持てないと、従業員は離れていってしまう。だからこそ、「ここで働いていてよかった」と思ってもらえるような環境を今後も積極的に整えていきたいと思っています。
また、茶道や華道だけでなく、英会話や手話といった新たな学びの機会も拡大していこうと計画中です。海外のお客様が多い中で、様々な強みを持つ従業員の存在は、宿としての新しい魅力にもなるはずです。従業員一人一人の成長が最終的には旅館全体の魅力を高めることにつながるだろうと信じています。
中村さん
私たちの仕事は、京都の伝統を伝える仕事だと思っています。古いものを守りながら、新しいことにも挑戦していく。お客様の笑顔をつくり、従業員も笑顔になれる。そんなやりがいのある仕事です。おもてなしの世界に関心がある方には、ぜひ飛び込んできてほしいですね。
丸井さん
京都という伝統の中心地で、100年以上続く旅館に勤められることを誇りに感じています。お茶やお花などを学ぶ機会もいただいて、本当にありがたいです。これからも学びを重ねながら、この場所で成長していきたいと思っています。京都や伝統に興味がある方は、ぜひ「京の宿 北海館 お花坊」にいらしてください。

ありがとうございました
今回インタビューさせていただいたのは「京の宿 北海館 お花坊」様です
法人ページはこちら京の宿 北海館 お花坊








